困った病気になっちゃったひとりぼっちな人のために


by ombres
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Hさん

Hさんとは、病院で知り合った。
彼女は再発組で、若く明るく、とても美人な女性だった。
ご主人とまだ小さい娘さんが二人いた。
彼女の紹介で、医療用のウィッグを格安であつらえてもらい、仕事にはそれで通っていた。

初発の治療が、標準治療とはかけ離れてメチャクチャで、すぐに再発。
転院してきて、私と同じ主治医に診てもらい、抗がん剤治療でしばらく症状は落ち着いていた。私と同じ頃、抗がん剤をしていて、彼女は再発なので、私より長く抗がん剤を続ける予定だった。

そんな彼女が、抗がん剤治療を止めてしまったと聞いた。

「私、疲れちゃったの」

しばらくしてから会った時、彼女はそう言った。

「もう副作用に疲れちゃった。通院にも疲れちゃった。脱毛もイヤ。子供達とプールや温泉に入って遊びたいのよ」

あれは、12月頃だったか、通院で再開した時、ようやく人前に出してもおかしくないくらい生え揃ったクリクリの髪の毛を愛しそうに触りながら、彼女はそう言った。都内の東北にある病院に、彼女は多摩センターの辺りから通ってきていたと記憶している。私は横浜からで結構遠いと感じたが、多摩センターも遠い。

「でも、先生は、調子が良いからって止めちゃったらすぐまた再発しますよって」

と、これはまあ、事実だったかどうか判らないのだが、先生は「せっかく効果のある治療を途中で止める」という選択には賛成しなかった様子。

詳しい事情は分からない。
小さい子供がいた彼女の家庭の事情も分からない。
でも、彼女は治療を止め、先生の予測通りすぐに再発。その後、ナベルビンや治験薬を使用しても効果なく、副作用だけに苦しみ、先生との信頼関係も失って、症状はスピードアップして悪化したと聞いた。

「どうしてる?」と送ったメールには、

「痛いんだよね。何もできない」

と返信があった。

「痛みがあると、何も考えられなくなっちゃうよね。痛みをとってもらえるといいね」

そうメールを送っても、返事はなかった。
マメに返事してきてくれていたので、とても具合が悪いのだろうと判った。

春頃、別の患者友から、亡くなったと知らされた。

治療がイヤになっちゃう気持ちも判った。
患者は、治療で調子がよくなると、それが当たり前だと思って、現状がworseなのだと勘違いする。もっとbetterになりたいと。薬のせいで、それが阻害されているのだと。でも、現状は、それがbetterで、治療を止めたらもう想像もできないようなworse状態が待っているかも?…そんな想像は誰もしない。そして、実際には、そうでないかもしれない。

以前、女流歌人が乳がんで無治療を選び、「生き延びなくてもいい、このまま死にます」と宣言していた。「このまま」…乳がんでは、その状態のままポックリ死ぬ事はできない。結局、悪化していくと、あっちこっちに転移して、別に生き延びるためではなく、苦痛を取り除くために抗がん剤治療や手術が必要になってしまうのだ。

でも、それも本人の選択だ。
一度だけの人生、自分でどうするか選んでもいい。それが結果的に死を早めたかどうかなんて、やった人生とやらない人生と、両方比べないと判らない。そして、それは不可能。

要するに、誰にも判らない。
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by ombres | 2004-12-01 23:42 | 亡くなった友達のこと