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困った病気になっちゃったひとりぼっちな人のために


by ombres
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機内食比較

日本から出る便の機内食は美味しい。日本食もナイス。どこのエアラインでも、基本的に日本で作っているのでマシ。海外から出る便の日本食は妙なので、止めた方が吉。海外の国内便の機内食は大抵悲惨。特に中国。空港で何か適当に食べておき、機内食は全く期待しないが吉。

日本発便とハワイ発便の食事比較。名前はファンシーなんだけど、見た目が微妙だったりする。最近、ショボくなりつつある機内サービスだが、UAは結構頑張っている様子。でもやっぱり日本発とそうでないフライトでは違いがある。

日本発
a0162162_1918439.jpg前菜:和食膳

a0162162_19181756.jpgメイン:豚角煮

ハワイ発
a0162162_19224360.jpg前菜:クリスピーな蟹とクリームチーズ、マレー風牛肉のサティ・カレーソース
(単に蟹とチーズのサモサと焼肉一切れ)

a0162162_19233129.jpgメイン:牛ひれ肉のわさびクラスト、タイム風味のジュ、マカデミアナッツ入りマッシュポテト、ミニキャロット
(多分、和食膳はおいしくなさそうだったので、オージービーフにしてみた。でも、マッシュポテト、どこ?代わりにご飯???)

そこはかとないどーでもよさ加減に、アロハな空気が漂う。「アロハ」と「マハロ」な世界。

これにそれぞれ、サラダ、スープ、デザート、チーズが加わる。デザートの巨大アイス盛りは、行きの便で貰って余りの量の多さとソースの甘さに撃沈したので、帰りはパス。でもチーズとフルーツを、ポートワインと一緒にがっつり食べる。野菜中心で肉を控え、腹八分目の健康的な食事がどーのこーのと宣言していた気がするが、アロハな気分なので良しとする。治療を始めたらしばらく禁酒すると決めているので、帰りの便でシャンペンも飲み収めた。帰国してから適当に頑張る。


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by ombres | 2010-08-28 00:00 | 毎日

虹@ハワイ

a0162162_702387.jpgUAのラウンジの軽食、美味しい。点心もある。シャワー浴びて、がっつり食べて、夕日見ながらくつろぐ。機内もフルフラットになって寝られるので快適。ここまでは親友Tのアレンジなので、いつもながら大変素晴らしかった。

滞在先は私が手配。会社の保養所のイリカイ。a0162162_763626.jpga0162162_79552.jpg昔のランドマーク的ホテルであったのが、倒産して一部コンドになったり。でもまあ、ロビーは開放的でレイアウトは結構いい感じ。そのまま遊歩道を通ってラグーンにも行けるし、ヒルトンビレッジの隣。アラモアナショッピングセンターにも近いので便利。部屋はツインの2ベッドルーム&2バスルーム。a0162162_711526.jpgでも、オーシャンビューじゃなくて、「マウンテン・ビュー」

…ショボい。安いから仕方ないんだけど、実際は、マウンテンも見えなくて、「ストリート・ビュー」な感じ。ベランダから見える海はこれだけ。

a0162162_7122870.jpgストリート・ビュー。メインストリートなので、車の音も結構煩い。…と言うか、ビルだらけで、「ビル・ビュー」? 隣のコンドかホテルのベランダで誰かが洗濯物干しているのとか見えるし。

でも、よく見ると、虹が。虹。虹だわ!
…ああ、これは奇跡ね。ハワイの神々が、私の到着を歓迎してくれているのね…。

BGMはマペットムービーでカーミット・ザ・フロッグが歌っていた「The Rainbow Connection」 カーミット、素敵な蛙。私の昔のヒーロー。…ああ、私のガン細胞が消えていく…。(妄想開始)


ちなみにハワイでは、単によく雨が降って、そして晴れるので、毎日のように虹が出る。車のナンバープレートのデザインも虹。


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by ombres | 2010-08-28 00:00 | 毎日

指紋のない女

成田には、手荷物検査をすばやくできる便利な専用入り口があるけど、出国審査だけは、長蛇の列にちゃんと並ばないとダメ。

「もー、『ガン患者専用レーン』とかは、作られないのかしらねえ?病人なんだから、ちょっとは労わってくれてもいいんじゃないの?」と自分勝手な気分でいると、「左右一本づつの指紋を登録すると、出国が早くできる」…と年中海外な親友Tが言う。そういう情報に疎く、毎回、真面目に長蛇の列に並んでいた。でも、今回出発の際に登録することにした。

申請書を書いて、専用窓口で、まず、人さし指を左右読み取り機械に押し付ける。

…指紋が読み取れません。

じゃあ、次、中指を左右。(逆だったかも?) 

…これもダメ。指紋が全然読み取れません。
そういう場合、もし登録できても、次に照合できなかったりしますから、登録は諦めてください。終わり。

はあ?
素晴らしい便利なシステムがあるのに、適応されないってこと?

押せども
押せども、わが指紋認識されず。
じっと手を見る…。

そういわれてみれば、ゼローダの副作用か、指紋はとっても浅く、その代わりにお婆さんチックな縦皺や横皺が深く刻まれている。おそらく指紋認証のシステムは、基本的な「渦巻き」や「流れ巻き」のパターン(曲線)を探し、それをいくつかの点にして認証していると思われるので、縦と横の線しかない「物体」を指だとは認識できないのではないだろうか?

と、機械のシステムを想像しながらじっと手を見ていると、担当者のお兄さん、申し訳なさそうに、「いやー、他にも指紋取れない方いらっしゃるんですけどね、密入国の犯罪者がわざと指紋消すケースもあるんですけど、実は奥さんのように、家事などで手アレなさっているような方も多いんですヨ」

え?
誰も、犯罪者の話なんてしてないし。
しかも、手アレするほど家事してないし。奥さんじゃないし。
全然見当違いなんですケド? 

出入国管理官にしては人物観察スキルが低く、ちょっと日本の入国管理の未来に憂いを感じた。
いや、「あ、これはゼローダの副作用の手足症候群ですよね」とか言われたら、逆に不気味か。

…と、思いつつホノルル到着。ESTAやってあるけど、ここでも指紋。ハワイも一応、テロと戦う最前線の国、アメリカの一部。セキュリティは煩いはず。指紋照合機械もあるし、顔も照合されている。ちょっとカサついたくらいじゃ、指紋読み取れないなんて事ないハズ。PC持ってたら本物かどうか確認の起動させられたり、靴脱がされたり、911以降、かなり厳しかったし。カサカサ指紋でも、絶対に大丈夫なはず。

愛想の悪いハワイアンな感じの、かなり横に発育しているお姉さんが入国担当。言われた通りに右4本、機械に押し付けた。普通は、右4本、指紋照合機械に押し付けて、カメラ見てニコッ…で終わりなはずが…。

「親指も」

はあ?
でも、言われた通りに右の親指も押し付け。向こう側の検出機械を見たお姉さん、微妙な間。

「…あー、左も」
左4本も、押し付け。さらに微妙な間。

「んー、親指も」
左の親指も。すなわち10本全部押し付け。

「…」

その時、私は見た。お姉さんのかなり微妙な躊躇いの表情を。

「あらー?こりゃダメだけど、ダメにしちゃうと、手続きが色々と面倒だからいいや。どうせ日本人パスポートだし~テロリストと関係なさそうだし」(←心の声)

「カメラ見て」
「はい」
「うーん、OK」←適当な感じ。

おそらく指紋はどれも取れなかった。そして、指紋が取れなかった時に進むステップを、おそらく面倒くさがってすっ飛ばした。とりあえず、アローハな感じで、どーでもいい感じ。↓
a0162162_18205555.jpg

指紋が、ない。
まるで犯罪者のように、指紋のない女になったのだ。ゼローダのせいで!
ちょっと、今度出張に来る時に困るじゃないの。本土はもっと厳しいしさ。

…と、一瞬憤慨したが、もしかして、これって何でもし放題って事?何しても指紋が出ないって事? そうだ、きっとそうだ。どんな悪い事をしても、証拠が現場に残らないってこと?!

…ガン患者としてのスーパー優越感に浸ったその時、仕事で関係していた警察の人が、今は掌紋とか何とか言ってて、指紋だけじゃなかったなあと思い出し、ちょっとがっかり。アロハは続く。


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by ombres | 2010-08-27 23:50 | 副作用

ハワイ的避暑

朝から洗濯&掃除。

テラスが灼熱地獄なので、日陰っぽい方にコンテナを移動し、自動水まき機を設置。これは、指定した頻度で自動的に水をあげてくれるというすぐれ物。出張の時などに重宝。ついでに、お隣に枯葉などが行かないよう掃き掃除。すでに咲いてる花なども一週間後にはゴミ化してしまうだろうから、摘んでおく。

その後、冷蔵庫内の点検。腐りそうなものは捨てて行く。さらに掃除。ゴミ出し。面倒だけど、やらないと帰って来た時に、間違いなく阿鼻叫喚になる。特に、今の季節は。フロントの管理人さんに、フルーツを差し入れして、一週間留守な旨、お伝えしておく。

ハワイ、気温25度。日本より涼しいてどーいうこと?南国でバカンスというより、避暑風味?

夜7時の便なので、4時半くらいに成田で、ラウンジでシャワー浴びたりゆっくり軽食いただいてから搭乗って感じ?2時過ぎに、家を出ればいいかなあとか思いつつ、支度。新しいスーツケース。「どうせもう死ぬなら何度も使わないから、無駄じゃんね?」と、壊れた古いので行こうとしたんだけど、運ぶ時にキャスターが突っかかってストレスになるので、新しいのを買った。まあ、これくらいいいや。

ハワイは久しぶり。昔は結構頻繁に行っていたけど、もう20年くらいご無沙汰?20代はヨーロッパやアフリカに夢中で、アメリカ(含むハワイ)は興味ない位置づけになっていた。海とか日焼けが嫌いだし。で、今回、昔の知り合いのお爺さんにご挨拶できたらいいなあと、久々に連絡取ったら、もう亡くなっちゃってた。変な子供だった私にとても優しくしてくれた。あんなにお世話になったのになあ、とちょっと罪悪感。やはり、人間、生きているうちにやるべき事は成し遂げ、常に心残りのない状態にしておかねばならない。

今回も、コンドのプールちょこっと。それと、オーガニックのお店やレストラン巡り。あとは、Tのお友達と会ったり、ひたすらダラダラ。薬もお休み。もう何年ぶりかで、無薬状態。どんな体調になるんだろう?

とか、思いつつ、ここ数日、デスクが冷房の風直撃だったので、風邪ひいたフィーリングが漂う。喉痛いし。外人スタッフが、エコ冷房だと暑い暑いって大騒ぎして、ちょっと目を離すと「22度設定」とかにしちゃうせい。寒いの平気っぽい。飛行機の中でも、日本人は長袖にひざ掛け愛用だけど、白人は短パンとTシャツで平気でウロウロしているのがいつも謎だった。やはり体の構造に違いを感じる。

ガン以外で死んだら間抜けだから、気をつけて行ってこよう。
今回は、PC持っていかないので、一週間お休みです。



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by ombres | 2010-08-27 13:33 | 毎日

ロング・バケーション

今日でしばらくお仕事最終。結局、帰宅は23時過ぎた。やっぱ、忙しい会社だ。とりあえず。一ヶ月お休み。本当のお休み。まとめて有休。

基本的に、うちの会社は休みでもメールチェック必須。メールが多すぎて、ボックスがすぐ一杯になっちゃって肝心のメールが受け取れなくなってしまうから。前の会社でも、前の前の会社でも、「メール多くて異常」と思っていたが、たぶんここが一番多い。油断するとすぐ未読1000通。しかも、入社以来、いつでも会社携帯持ち歩いていた。お休みでも、親戚のお葬式でも、海外でも。施設は24時間稼動していて、何かあったらすぐに対応しなければならないから。

しかし、今回は、会社の携帯を持ち歩かなくても、PCを持ち歩かなくてもいい、本当の意味のバケーション!一ヶ月のロング・バケーション。

そりゃ、そうだよ。ガン患者が休んでいるのに、誰も仕事のことで電話しようとまでは思わない、人として。こうなったら、全国支社とは言わず、全世界社員に「ガン宣言」したい気分。そしたら、海外からの変な仕事押し付けとか夜中のどーでもいい電話とか、ストレス原因第一位だった素っ頓狂なコンタクトが皆無になるだろう。イヒヒヒ…。

思わずニヤける顔。ガン患者としての無敵アドバンテージに幸せな気分で満ち溢れながら廊下を歩いていると、同じくらいの歳のT子さんが来て、「入院したらお見舞いにいってもいい?」、とか泣き出しちゃったので、仕方なく、障害者トイレに連れ込む。

「いや、入院もしないし、在宅なんだよね」
「え、そうなの?」
「それに明日から、一週間ハワイなの。会社の提携コンド、知ってる?」
「え、知らない、何それ?」
「安いのよ、結構いい場所にあってさ。ヒルトンの隣?」
「えー、まじで。どうしてそんな情報ゲットしたの?」

と、すっかりオバサンの井戸端会議化してT子さんも泣き止む。
その後、ミーティングに入っている間に、皆さんが挨拶に来たらしい。遅くなって戻ると、デスクの上には、色々なプレゼントやカード。外人スタッフの1人が、ひらがなで、「みんなでかえりをまっています。はやくよくなりますように!」ってカードくれたり。心優しい皆さん。

仲良しGMに「じゃ、また。パワーアップして帰ってくるから」と言ったら、「パワーアップは、それ以上いらないから」とか返されて、回りの皆さん大笑いで、明るく終了。

さて、本当に帰って来れるのだろうか?
案外ケロリとして戻れるのかもしれないし、そうでないかもしれない。

精神力や気力は大事だけど、私よりもっとパワフルな患者さんが亡くなっていったのも見ているし、悪い人がのうのうと長生きするし、良い人が悲劇的な死を迎えねばならなかったりする。生死の運命には、大きなサダメのような物を感じる。津波で元の会社の同僚一家が亡くなった時も、彼らを探しに行ってたくさんの犠牲者を見た時も、そう思った。大昔、法医学の先生もそんな事を言ってた。

ジタバタしないで、好き勝手やって行こうと思った。今までもそうだったし。


帰りのドライブは、久しぶりに湾岸をぐるっと回ってみた。

鶴見のつばさ橋のトップから見える横浜の夜景が、個人的には一番綺麗だと思う。アメリカライクで真っ直ぐな美しい橋の絶妙な傾斜。正面右にみなとみらい、左にはベイブリッジ。

イマイチ垢抜けない、愛すべき田舎町、横浜。森鴎外作詞の「横浜市歌」が暗唱できることが、ハマっ子の証です。



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by ombres | 2010-08-26 23:59 | 仕事のこと

決戦は水曜日

朝から首都高は事故渋滞。イライラするが、「ああ、もうこの通勤ともしばらくお別れだわねえ」と思うと、渋滞すらも愛しく思えて…きません。

全支社テレビ電話でつないで、全マネージャーの臨時ミーティング。
一体何だろう?と集まったみなさんに、

「私はガンでして、しばらく治療に専念するためお休みします。調子見ながら在宅でできる事やります。色々サポートお願いする事もあるかと思いますが、よろしくお願いします」

…シーン。
そりゃ、そうだよ。私だってシーンとしちゃうよ。どーリアクションすればいいのさ?って感じ。

しかも追い討ちをかけるように、

「『5S活動』は皆さんもよくご存知かと思いますが、健康管理のためには『3S』という言葉があります。3Sとは、『食事』『睡眠』『ストレスコントロール』これら3つのSで、しっかり自分の健康管理をしなければなりません。健康管理は社会人としての勤めです。あと、自分の保険を見直して、とりあえずガン治療はお金かかるので、ガン保険は入っておいたほうがいいです」

と、さっき思いついたでまかせ説教から保険のおばちゃん化。

「ああ、このままでは、もし復職できなかったら、皆の記憶の中で私は最後まで『説教ババア』か『保険のおばちゃん』…」とか思いつつも、一度走り出したら止まらない。笑っていいんだか真面目な顔していんだか困り果てる皆さん。明るい雰囲気で終了。メールが来たり、個別に励まされたり。優しい人達。でも、皆、ショックだった様子。そりゃそうだよ。だからイヤだったのに。

でも、若い人にとって、人生には色々あるって、良い経験になればいい。これからも、家族や知り合いの死、病気など、どうしようもない事に直面していかなければならなくなる。その回数が多いほど、悲しいけど、人は慣れる生き物。そして、乗り越え方や自分の中での折り合いの付け方を知る。ついでに、ガンに対する偏見もなくなればいいし。

そんな何もかも許せるような穏やかな気分で仕事していたら、また別の部のすっとぼけた人が、「10月オープンの臨時施設の現地見学、急な話なんですけど、今日の17:00からいかがですか?」って、もーさ、この人はいつも、そう。そもそも、臨時施設オープンの話も全く聞いていませんし、17:00から見学って、この暑いのにどうせ冷房も入っていない施設を、初見だからぐるぐるぐるぐる最低2時間はチェックしないといけないじゃないの?!と、眉間につい深い皺が。

…いけない。怒りがストレスになって、免疫力が落ちる。しかも、ここで「また、ふざけてんですか?」とか叱り飛ばすと、彼にとって私の最後の思い出が、「すごい怖い顔で怒られた事」になってしまうかもしれない。と、自分を戒めてニコニコ参加。

ガンパワーすごい。
発狂オバサンをも宥める。


…やはり暑苦しい施設の4階。
ヨロヨロとレ・ミゼラブル気分で歩いていると、開けた窓から夕日に反射した雲が、神々しく後光が差したように輝いているのが見えた。印象派絵画風味。

「ああ、奇跡…これが奇跡なのね。こんな所まで真面目にチェックしている私へのご褒美。私のガンは消える…」

とか、せっかく神々しい気分でイメージトレーニングしようとしたのに、T君が「ここって、消防突入口ですよねえ」とか話しかけてきてジャマされる。奇跡は難しい。



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by ombres | 2010-08-25 22:11 | 仕事のこと

末期ってこと?

今日も暑い。
アブラゼミやミンミンゼミに、ツクツクボーシが混じってきたので、秋はたぶん近い。でも、暑い。サボろうとしていたのに、朝9:00から仕事の電話が会社携帯にガンガンかかってきて、結局、家で仕事なハメ。午後から病院へ。

「ヒスロン」じゃなくて、「フェアストン」はどうなのかなあ?何て考えつつ、時間が中途半端に余ったので本屋に行って、ついでに肺転移と胸膜播種(きょうまくはしゅ)について情報を仕入れようと家庭の医学コーナーで「ガンの本」を手に取った。

『がんの細胞が、胸膜を破って胸膜表面に散らばっている状態が胸膜播種で、要するにガン細胞をバラバラ播いている状態です。残念ですが予後は良くなく、進行すると胸水が溜まり…』

…終わり。次。

『普通、乳がんの術側のリンパや肺などに転移する事が殆どです』

…逆側なんですケド?

『乳がんが肺転移すると、治療が上手くいけば1年~程度の延命は期待できますが、まあぶっちゃけ、予後は良くないですね…(概略)』

…はあ?

何なの「延命」って?どーゆーこと?肺転移&胸膜播種って、もしかして立派な末期なわけ?ガン・カーストの頂点?いよいよ女王として君臨?

あー、そういえば、右の背中が痛いんだよね。痰も出る感じで咳も出てすっきりしないし。…そうか、ガンに着実に蝕まれているのね?そう、あのオー・ヘンリーの「最後の一葉」のように、あの葉っぱが落ちたとき、私の命も終わるのね…。

あの悲劇のヒロインには、葉っぱの絵を描いてくれるお爺さんがいたけど、私は自分で描いときましょうかねえ。1枚とは言わず、3枚くらい…等思ったんですが、常に痛いのは左側で、右の背中は手術の左側を庇って荷物を持ち歩いたから痛いのだった。そして、よくよく自分の体と向き合ってみると、咳や喉のおかしさにプラスして鼻水もあるので、単なる軽い風邪っぽい?肺にあるガンのせいで鼻水が出るというメカニズムはあり得ない。しかも、ガンの出来ている場所が、まだ痰が出るような場所じゃなかったし。得意の思い込みっぽい。

もー、どーでもいいや。
私はどうせ、データを裏切る女なんだから、好き勝手やってくんですヨ。訳の判らない本に指図なんか、されませんヨ!


で、暑いので、丸の内オアゾなどを覗きながら、のたのた病院に。

今日は顎の下から腹部までのCT。
生ぬるい麦茶に弱い造影剤が入っていて、それを飲んで1時間ほど居眠り。その後の撮影は、2度に分けて。造影剤入れる前と後。この病院の造影剤が、一番体がホットになる。眠くなり、終了。

丁度、9月の診察の時に、ガンサポートの看護士さんチーム主催で、抗がん剤やった人の手や爪のお手入れ&悩み相談室があるのを発見し、予約した。外部から美容アドバイザーを呼んでやるとのこと。先生との予約が13:30でそれが14:00なので、もしかしたら遅れちゃうかもとお知らせしておく。ガン相談室みたいな綺麗な図書館もできていた。ガン患者が読みたいガン&健康関連の雑誌や本、入院患者に貸し出す普通の本が置いてあった。パソコンもあった。すごい変化かも。でも、ここの看護士さんや事務の人達は、相変わらず皆さん優しくて素晴らしい。

4時間絶食なので、腹ヘリ。横浜に戻ってから、自然食ビュッフェで野菜がっつり。リーマンさんの情報によりガンを殺すというゴボウをたっぷり食べてみた。あと、モズク、タマネギ辺りを重点的に。その後で、整体に立ち寄ってみた。

整体の先生に、

「ガン患者は整体マズいですかね?」
「いや、大丈夫ですよ。場所にもよりますけど」
「肺なんですけど。私なんですけど」
「えー。だって乳がんは治ったんでしょ?今度は肺がんなの?」
「まあ、肺がんというか、転移というか」
「ああ、じゃあ、今度からお灸にしましょう、針じゃなくて。体温めるのがいいよ。あと。疲れやストレス溜めないで、よく食べて、寝る。食べすぎはダメだけどね。そしたら、免疫上がるよ。」
「そうしますー」

とは言え、坊主頭で行くのも難しいかも。
自分は結構坊主似合うと思ってて尼さん気分で平気なんだけど、見る方が痛々しく思って気の毒かしらね?

いや、でもナチュラル・ノーヘアでカツラの男性とかもいるんだから、別に何てことはないって気もするんだけど。

CT: 7,100円


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by ombres | 2010-08-24 21:30 | 検査

出戻り患者

古巣の病院へ。
相変わらず遠い感が漂う。でも、関西よりは近い。確かに。

相変わらずショボい感も漂う。院内スタバができてたりして?とか、夢のまた夢。妄想の域。全然変わってなかった。諸行無常の響きなし。改装中で、さらに「工事現場フィーリング」がトッピングされていた。

今回、予約など手配してくれたI先生の所にもぐりこんで、「出戻りで~す。またよろしくお願いします」とご挨拶。相変わらず忙しそう。そして、相変わらず、忙しさの余りに食事する時間がなく、お腹をすかしていた。気の毒で泣けた。

親友Tが入れてくれた神経科のB先生の所にもご挨拶。今は元気だけど、今後、病状の悪化に伴い精神状態にも変化があるかもしれない。今のうちから定期的に診ていただくというリスクヘッジ(?)。そして、大本命L先生と久しぶりにお会いする。

「お久しぶりですね~。最後にお会いしたのは新宿以来ですから、5年ですかね」

…え、新宿?あー、そうでした。お食事会でしたっけ?先生、場所まですごい記憶力。

「先生、全然お変わりないですね」
「お互い歳とってますからね、そう見えるだけなんですヨ」

え?
L先生、相変わらず、面白いです。
現状について、今後の治療について、色々お話。今回の転移は、最初の時から、すでに微小転移があったと判断して間違いないとのこと。

「でも、6年寝てたってことは、大人しいガンと思ってOKですよね?」
「いやー、目が覚めたら、すでに性格が変わっていることもありますからねえ~、案外、早いヤツかもしれません。判りませんヨ~」
「…」

先生、あの、ちょっと慰めとか気休めとか、ないんでしょうかネ?

L先生のお話。

・リュープリン&ノルバは止める。今の状態のままでは、本当に閉経しているのかどうか判らない。閉経していたら、フェマーラだし、閉経していなかったら、ノルバの次は「ヒスロン」という選択になるが、「ヒスロン」は使い方が難しい。

→私「ヒスロンだけは嫌なんです」(副作用:超デブ化&鬱)

・エンドキサンを入れると、たぶんまた生理は止まる。運が良ければそのまま閉経→フェマーラもあり。

・リュープリン(閉経前患者用)&フェマーラ(閉経後患者用)という力技もあるが、投与対象が矛盾している。東京都はそういうのに厳しいので、保険適応ムリかも。

・ゼローダ&リュープリン&ノルバ、とにかく長くやってますよネ。(耐性がついてる可能性もあり?)

・ゼローダ&エンドキサンなら、仕事休まなくて大丈夫かもですヨ。

→私「いいんです、休みたいんです~(泣)」

・点滴の抗がん剤という選択もあり。(ウィークリータキソ?)

・エンドキサンもねー、あんまり入れると今度は白血病のリスクがあるんですヨ。

ちょっと。何か、どの治療もイマイチ感?
まー、やってみないと判りませんね。とりあえず、ハワイから帰ってきてから考えましょう。で、終わり。9月第一週に予約。

ゼローダを25日までは3000mg飲んでいるので継続。2週間続けて、1週間オフと決めて、ハワイにオフを合わせてみた。9月1日からまた開始になるが、海外なので飲まない。+4日休薬で体を休め、6日から新しい治療開始。まーその間に悪化しちゃったら、しちゃったってことで、仕方ないです。サダメ。

今までも風邪ひいたら量を少なくしたり、海外出張中は白血球下がると危ないから飲まなかったり、調子良かったら量をどーんと増やしてみたり、自分勝手に調節してきた。それが良くなかったのかもしれないし、それが良かったので6年も続けられたのかもしれない。わからない。

医学も科学なハズなんだけど、ちょっと違うように思える。完璧にこれですという決定打がない雰囲気。もちろんレジメンはあるし、研究もされているんだけど、臨床になると微妙な「匙加減」だったり、「先生の勘」だったり。謎。

しばらく取っていないマンモをその場で予約。当日、撮影。血液検査も。

「マンモの結果、すぐ知りたいですか?」
「何か判っても特に何もしないなら、次にお会いするときでいいです」
「じゃ、9月で」

そして、明日、胸部CTを撮ることに。外部で取ってきたPET CTはイマイチだそう。で、まあ今後、効果測定をするためには、基準となるデータと比較対象と、同じ機材で同じ条件で撮影した方が精度が高くなるだろう。被爆量が…という説もあるかもしれないが、もー仕方ない。明日は午前中出社して、午後から抜けるか。で、あとは家に帰って仕事だなー。何か色々やらなきゃいけない事があった記憶が…。あー、でも、重いパソコン持って昼間都内をウロウロするの疲れるだろーな。家→会社→病院→家と、どれも1時間以上かかるし。今日も疲れたしさー。明日も暑いだろーし。

自分の場合、本当に疲れているのか、サボりたい気持ちから疲れフィーリングになるのか、よく判らない所がある。死ぬほど疲れてると思っても、会社に出てみたら案外平気だったり、その逆もあるし。でも、これからは自分に正直に生きて行こう。まだ有休あったはず。


ところで、友人Pの従妹のご主人の友人の奥さん:Zさんが、乳ガンになってアドバイスが欲しいと言われたのは、もう3年前。

最初にかかった先生がもー頼りなく、ご夫婦で気の毒なほど混乱されていた。メールをやり取りし、とにかく自分が信頼できる病院を探した方がいいです。遠くてもボロくても、ちゃんと説明してくれて、治療してくれる病院と先生がいいです。と自分の経験を説明すると、彼女は古巣病院がいいですーと、転院してきた。最初は動揺されていたけど、元々しっかりして前向きな方なので、そのうち「もう1人で大丈夫状態」になり、私も関西に追っかけ転院し古巣を離れていたので、メールのやり取りも疎遠になってきたのだが、とても気になっていた。便りがないのは良い知らせ、と思いつつ、久しぶりに連絡すると、丁度、今日が3ヶ月に1度の診察日だった。ので、病院で初めてお会いした。

彼女は、全摘&同時再建という満足いく治療が受けられ、毎日ストレスのない生活を心がけ、全く問題なく3年目を迎えられるとのこと。良かった、良かった。丸ビルでお茶。私はランチ食べてなかったので、空腹の余りサンドイッチ食べる。話が弾んで夕方に。次の11月の彼女の検診日に、お互い元気でお会いしましょうと誓ってお別れ。


診察&マンモ: 8,590円
神経科:1,700円


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by ombres | 2010-08-23 23:00 | 再発後治療

生活再設計

そこまでがちょっと色々面倒臭い予感がしますが、あと3日でお休み。たぶん今年一杯は在宅かなあ?と思いつつ。まあ、それまでに急変して死ぬとか、事故って死ぬかもしれないし。先の事はわからない。とりあえず、生活を立て直すと決意。

今までも結構好き勝手に生きてきたと思えるんだけど、これから残りの人生について、後悔ないようさらにやりたい事をやる。今までやりたくても忙しくてできなかった事にフォーカスして再設計。

1) 早寝、早起き
(夜は遅くても12時には寝る。朝は早起きして、テラスの植物に水遣りしたり、近所の公園を散歩したり。朝までゲーム生活は止める。ゲーム続ける場合は早朝にシフト)

2) 健全な食生活、体のメンテナンス
(好きな物を栄養のバランスを考えつつ食べる。ヨガ、整体、マッサージ、アロマなど、心身をリラックスさせる時間を必ず毎日作る)

3) 家の中の掃除
(無駄な物を捨てる。バザーに寄付する)

4) 社会貢献
(元気なうちに、地域のボランティアなどに参加する)

1)、2)、3)は自分ひとりでもできるし、今までも少しはやってきた事があるので、たぶん簡単なんだけど、4)は難しい。以前から時間ができたらと考えていたんだけど、時間ができなかった。時間が少しできても、自分の遊びに費やしていた。

で、ボランティアって具体的に?今までの経験は?と考えると、人生最初のボランティアは、日曜学校の子供達でお年寄りの病院に行って、歌ったり踊ったりしたこと?次は、学校のイニシアチブで、施設の子供達と遊んだり寄付したりしたこと?あとは、地元の教会にバザーの寄付したりとか?

…と、考えると、何となく地域のボランティア=地域の教会なイメージ。日本のお寺はそういう事あんまりしていない様子だし。子供の頃から日曜学校に行ったり、ミッションスクールだったので、聖書の勉強して、日曜日は教会に通っていた。挫折して結局クリスチャンにはならなかったんだけど、結構良い思いでばっかりなんだよなあと懐かしく思い出した。

子供の頃の日曜学校なんか、本当に楽しかった。イースターの卵探し、チョコレート。牧師さんの奥さんが焼いてくれたチーズケーキ。クリスマスのジンジャークッキー…。

…って、全部、食べ物のこと?
子供時代の食べ物の刷り込み、恐るべし。

私の学校は、明治時代にアメリカ人の女性宣教師が、日本婦女子の教育のために創設した学校で、聖書の授業が日本語と英語であった。英語は、聖書の言葉をしつこく刷り込まれて自然に覚える。中学高校の毎日の礼拝は退屈だったが、サンクスギビングとかクリスマスの劇とかハレルヤコーラスとか、イベントは面白かった。でも、当時の私は、アメリカ人の聖書の先生が、サンクスギビングの歴史(アメリカ大陸に流れ着いた移民が、最初の冬、凍え&飢え死にしそうになったところを、原住民が助けてくれ、作物の作りかたなども教えてくれた。翌年、収穫ができるようになった最初の秋に、作物を神に供えて、神に感謝した。ついでに、原住民も招いて食べ物を振舞った風味な新大陸起源イベント。いまでは、北米で「とりあえずターキーを食べるイベント」になっている)を話してくれても、

「どうして種を分けてくれて、作物の育てかたを教えてくれて、命を助けてくれたネイティブアメリカンに感謝しないで、神に感謝すんの?どうして助けてもらったのに、虐殺したの?隣人を愛せとか言ってて、恩人を殺すの?やってることが言ってる事と違って、おかしい」

と、一々納得いかなかったりしたものだった。子供はピュアなのだ。若いアメリカ人女性の先生は私の疑問に応えられなかった。矛盾していて欺瞞だと思った。でも、大人になって知識が増えれば、色々見方が変わる。

要するに、当時、新大陸に移民した白人にとって、原住民は「神が自分達のために遣わしてくれたモノ」で、牛とか馬みたいな動物みたいな感覚だった。だからソレを遣わしてくれた神に感謝する。この辺りが、唯一絶対の神がいて、神が自分をコピーして作成した人間のために何かを遣わしてくれる感覚。八百万の神があちこちに宿るアニミズム的な背景とは、かなり違う。さらに、当時は「人種差別」なんて言葉もない頃。白人=人間、有色人種=動物か奴隷。当時の人が特に残酷だったとか、無知だったとか、彼らの信仰がそうさせたとかではない。当時は、それが当たり前だった。有色人種は人間と認識されていなかった。それだけの話。当時の人々には、当時の価値観や教育があった。彼らの言動はそれに基づいて決定された。それを現在の価値観の物差しで計るのはフェアではない。

子供時代には納得いかなかったキリスト教ではあったが、欧米社会には非常に深く根付いており、イディオムや物事の考え方、社会制度の根底を成す価値観が派生していたりしている。社会学系の学説や刑罰の考え方なども、宗教観に基づいていたりもする。聖書やキリスト教を勉強したことは、それらを理解するための大きな財産になったので、非常に感謝もしている。

…ですから、とりあえず、目先のことから始める。教会は基本的に来る者を拒まない。近所の教会のクリスマスイベントなどのフライヤーがマンションのポストに入っていたのを思い出した。WEBで見つけて連絡し、日曜日なので礼拝へ行ってみた。遠いと面倒で通わなくなる。徒歩5分。ナイス。

礼拝は、基本的に賛美歌と聖書の言葉、牧師先生のお話、祈り等で構成されている。コンテンポラリー系な賛美歌で知らなかったけど、聖書は同じ。しかも、バイリンガル教会だった。丁度、今日のテーマは「羊飼い」で、詩篇の23:1-6。とても有名な一節。「あ~、『たとえ死の影の谷を歩こうとも…』『Even though I walk through the valley of the shadow of death…』だ、こりゃ」と、記憶に残っており、懐かしい気分になった。それを習った頃には、「死の影の谷」なんて、ナニソレ?って感じで、まだ全く想像もできなかったけれど。

その教会での奉仕活動には、私でもちょっとお手伝いできる事がありそう。もちろん、治療が第一だし、仕事も続けるけど、自分の時間とお金を少しだけ、他の誰かのために。自分が恵まれた知識や教育を受けるための学校には、税金が使われていたはず。税金は結構払ってきているけど、それ以外に、与えられた物を少しでも社会に還元できたら、それで自己満足。元気なうちに。


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by ombres | 2010-08-22 15:12 | 毎日

回りが気の毒なこと

20代を過ごしたアメリカ系企業で元同僚だった友人達と、ランチ。トルコ料理。ケバブ。ラム美味しい。もう食欲100%復活。何でも美味しい。一足先に、食欲の秋が到来したのではないかと思うほど。

Pからは、彼女の地元ナショナル・麻布でご購入な私の好物のピタとかオーガニックミューズリーとか貰い、Lからは出張先のラオスでゲットしたオーガニック手編みファブリックを貰う。私は、この間の中国出張で見つけた、丁度書類が入って持ち歩けるいい感じのサイズの布バッグがお土産。その商品は、デザインも色も、布のテクスチャーも素晴らしいんですけど、ファスナーが数回で壊れたり、ポケットが2つに増えて(裂けることによって)しまったり、不思議な現象が起こるのだと説明した。私も同じので色違い買って、気に入って持ち歩いていたが、ファスナーは一度で壊れた。これでクオリティが上がれば、中国製、恐るべしになるんだけどなあ。

二人とは長い付き合いなので、「肺にできたので、来月から休んで、東京の病院に戻って別の治療法始める」と伝える。Pは最初の手術の時にお見舞いにきてくれて、坊主頭の私も見ているし、私の通院に合わせて、桜や紅葉を京都に見に行ってる。

「え、じゃあ、もう京都行かないの?また一緒に、紅葉見に行こうと思ってたのに!」

はい?
暗いリアクションじゃなかったので良かった。でも、心配だったのは、二人の共通の仲良しさんが、おととし、すい臓がんで亡くなって、去年、二人はその人の死を乗り越えるのに苦労していたこと。だから、まーた私も死んじゃうのかと、暗くなられたら困る。乳がんは遅いガンで、私は再発までに時間もかかっているし、適当にコントロールできるだろうと話した。

「ガンでも全然違うんだね」

と、二人とも安心した様子。
まあ、たぶんね。そうあることを希望。
Pは有閑マダムなので、お休みになるなら、あちこちランチに行こうよーと積極的なお誘い。


その後、皆でヨガに。
ここ数年、月に一度くらいのペースで、初心者向けのをヌルく続けてきた。でも、今年に入って、やっぱり忙しくて全く行けてなかった。しかし、カツラで参加して、もし取れたら自分は笑えるけど、回りはリアクションに困ってとっても気の毒。だから、自分でやり方をしっかり覚えて家でやろう。

カツラで回りが気の毒といえば、救命講習。
ヅラ転職してすぐ、救急救命の普及員の資格取らなきゃならなくなった。仕方なく、麹町の消防署に講習に行った。別の会社から参加していた知らない人とペアになって、1人が病人のふりして、もう1人が意識確認するという練習があった。まだあの頃は、額に手を当てて、「大丈夫ですか?」と声をかけて、病人の意識レベルを確認するというプロセスがあった。

カツラ取れたら笑えると思いながら、順番なので仕方なく病人の役で寝そべった。ペアの相手の女性は、すぐ傍に膝を付いて、私の額に手を当てた瞬間。ビビった。だって、前髪の下には額しかないはずのところに、実はカツラの縁があって、たぶんごわごわしてたから。目を閉じて病人のふりをしていたので、見えなかったが、彼女の一瞬の大きなビビリが手を通じて伝わってきた。

「ぎゃー」「ナニコレ?」とも言えず、遠慮がちに宙に浮こうとする手。
そこに「そんな遠慮しないで、しっかりおでこにつけて、病人の体温とか感じてくださいよ!」と大声で叱咤する教官。仕方なく、おずおずと額に戻る手はそれでも微妙な浮遊感。

その練習が終わった後、彼女はずっと目が泳いでいた。前髪の下の額の中途半端な位置が、一直線に出っ張ってごわごわしている人間などいない。
何なんだろう?あれ、何だったんだろう?とずっと悶々としていたに違いない。

気の毒。
だから、カツラでの救命講習はムリ。…と思っていたけど、その後、内容が変わって、もう額に手を当てたりせず、肩を叩くようになったらしい。一安心。

救命のやり方は、案外頻繁に変わるので、機会があったら、カツラでも頑張って是非講習受けて欲しい。



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by ombres | 2010-08-21 21:05 | 脱毛という名の喪失