困った病気になっちゃったひとりぼっちな人のために


by ombres
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脱毛という名の喪失(9)

骨転移の有無を検査するため、2時間かけて病院に行く。
10時にアイソトープを注射してもらってから、2~3時間待つ必要があるので、その後13:15より検査…ってその間、何をしてろと? 



都内なのに、回りに何もないロケーション。マジでナニもなく、陸の孤島な感じがする。

近所のおばさんが片手間でやっているようなスナック兼喫茶店をようやく発見し、モーニングを食べる。常連っぽいおじさん客が一人いるだけ。近所の住人らしく、その孫が乱入してきて、けたたましい音を出す銃の玩具で暴れる。撃たれた。

…仕方ないので、病院内の床屋に行った。
2、3日前からとにかく抜け毛が酷くなっていたので、すっきりと坊主頭にしようと思う。

床屋のお兄さんは「抗がん剤で抜けるので、いっそスキンヘッドにしたいんです」みたいな人間に慣れている様子で、「なるほどねえ」と髪を弄る。梳けば梳いただけ、何の抵抗もなく抜ける。「お岩さん」の気持ちが初めて判ったような気がした。抗がん剤は毒ガス研究から発展したというが、お岩さんが呑まされたという毒も、このような副作用だったに違いない。

ところで、毛が抜けるという予備知識はあっても、実際に自分の指に纏わり付く大量の毛を目の当たりにすると、自らの「病み具合」がビジュアルで大袈裟に演出されてしまい、精神衛生上良くない。「最後の一葉」の思い込み女のように「ああ、これが抜けたら自分は終わりなのネ…」というおセンチかつネガティブな気分になってくる。しかも、体の具合まですっかり悪いようなフィーリングが漂ってくる。自分の「人間性」までが、あたかも髪とともに去ってしまって、「妖怪人間」とか「宇宙人」にカテゴライズされてしまった気分もする。失ったのは髪だけだというのに、途方もない喪失感に人は襲われる。髪にさほど愛着のなかった私ですらそうなのだから、髪を大事にしていた人などは身が剥がれるように辛いに違いない。

そう。ある朝起きたら、ザザ虫になっていたとか、顔洗ったら鼻がポロリと落ちちゃったとか、ヒゲ剃ったら唇ごと削げ落ちちゃったとか、ピアス入れようとしたら耳朶が取れちゃったとか、非日常的な「異常事態」への恐怖を想像するとより理解度が高まるかもしれない。そこで、「また生えてくるからね」と言われ、「そうだよね、ハハハ」と人は反応できるであろうか? いや、できない。今までずっとトカゲとして生きてきて、シッポが取れてもまた生えてくる日常に慣れているならともかく、身体の一部が漂脱し再生するという感覚を、人間はその日常で持ち得ない。

だから、確かに昨日まで「自分の一部」であった髪を一気に失ってショックを受けている人に、「また生えてくる」などと言っても、それは全く慰めにはならない。しかし、それは「もう絶対に生えてこない」先天的ノーヘヤー遺伝子継承者の人にとっては、「また生えてくるなら、全然いいじゃん」と思える些細な事なのかもしれない。

そして床屋さんは、
「先生は全部抜けるって言ったの?全部抜けない場合もあるよ」と言ってくれるが、ACは100%の人に漏れなく抜け毛症状が現れるそうだ。しかも、私はその後にもっと強烈なタキサン系が控えている。そう、ハゲ一直線抗がん剤、二連発なのだ。髪どころか、眉毛も睫毛も抜けて人相変わるそうなのだ。もう、情けは無用。

 「スキンヘッドより刈り上げがいいかも。どれくらいがいい?三分?」とか言われても、坊主頭に慣れている高校野球選手ではないので、「三分」というのががどれくらいか判らない。結局、5ミリくらい残してバリカンで刈り上げてもらった。自分の毛の束が塊となってパサパサ落ちていく。それだけで何とはなしに物悲しい。秋の日のバイオリンな気分だ。そう、アメリカ海兵隊員も入隊の時には、スキンヘッドに近い刈り上げが義務だ。昔、入隊時に新兵の男の子が泣いているのをフィルムで見て「ぷ、軍人のくせに、何と大袈裟な…」とせせら笑っていたのだが、今ならその子の気持ちも判る。抜け毛副作用経験によって、お岩さんから新米海兵隊員まで、色々な人の気持ちが理解できるようになれた。やはり経験は偉大な教師なのだ。

ところで、骨シンチは台の上に寝てると、巨大なカメラ板がゆっくりと全身の上を通っていくだけという刺激のない検査で終了。退屈の余り、いつものように検査中に眠くなる。結果は23日。骨に転移していたら、ステージはいきなりIVだ。脳CTは来月だから、来月まで判らないな。 … と、ここで転移シナリオをシミュレーション。指圧された時、左肩と背骨がマジで痛かった。あれは転移の兆候だったのかもしれない。でもまあ、部分部分でコントロールし、その都度何とかなるのだろう。医学も日々、進歩してることだし。

帰りに自由が丘でLさんにお茶をごちそうになる。Lさんのお友達のUさんもご一緒するはずだったが、具合が悪いそうでキャンセル。ちょっと残念。Uさんは有名なキャスターの奥さんで、彼女も乳がん患者なのだそう。Lさんより、アメリカのガン協会がサポートしているケモ用帽子やカツラのカタログを見せてもらう。さすがアメリカは患者数も多いからか、そういう患者ケアグッズやサポート体制がしっかりしていると感心した。お値段も非常に手ごろだ。日本でも、こういうオシャレで廉価な日常的帽子がどんどん普及するといいな。…じゃなくて、輸入代行してみようか?と考えてみる。 ケモ患者さん用の帽子を、お揃いのセーターとかスーツとかも一緒に。で、実費で販売したら喜ばれないだろうか? ってか、私は欲しいんですが。スーツでも似合うオシャレな帽子が。 
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by ombres | 2004-02-13 00:00 | 脱毛という名の喪失