困った病気になっちゃったひとりぼっちな人のために


by ombres
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告知に至る道(1)

「形が変になってきた」「乳首が陥没している」「いつでも痛い」

… そう言うと、お隣の先生はすぐに専門医に診せたほうがいいと紹介状を書いてくれた。先生のその反応で、「ああ、この間と違って、マジでヤバそう…」と判る。しかし、紹介状は「外科」だった。「乳」なのに、交通事故の怪我を扱うお医者と一緒?と、ちょっと奇妙な感じがした。



市立病院の「外科」の先生が触診。今までの経過を話すと、カナダの医師が触診しかしなかったという事に非常に憤慨し、「だって、これ、ガンだよ。どう考えてもガンだよ、ガン。全然『悪い物じゃない』なんかじゃないよ。だって、ガンでないとリンパの腫れとか説明できないしね!」…と、いきなし「ガン」を思いっきり連発。 

「そうか、やっぱり、ガンだったのか、やっぱカナダっていい加減なんだよな。まともなところもあるんだけどねえ、どこか抜けててダメなんだよねえ」との自説を裏付ける事実に納得し、先生の力説に頷く。

どいつもこいつも、ガンじゃないって言って。ハハハ、勝った。私が勝ったんだ(ナニが?)。…と、ささやかな満足感すら覚え……ている場合ではなく、「あれ、もしかして、これってガン告知?」と気付く。しかし、こんなに唐突に?しかも、もっと深刻でなくて、いいの? おまけに、問診と触診だけで? ガン告知って、

「あなたはガンです」
「ガーン」(顔面蒼白、背景黒フラッシュ)

というような古いギャグもあったが、あんな感じで、もっと「神聖」な物じゃないのか?と謎は深まる。

「注射は大袈裟だけど、針は小さいから心配しないで」、との先生の慰め(?)と、献血常習者で太い注射に慣れていたので、組織検査用ガチャガチャする謎の巨大注射器を見ても、別に緊張もなかった。針を乳のしこりに刺して少し細胞を取るらしい。 しかも、私の場合は乳の殆どがシコリなので、どこに刺してもオッケー状態。ガン細胞だと、針が入っていく感じが固くてジョリジョリするのだそう。私のは、結構柔らかいらしい。まあ、チクリとする程度。しかし、数日間、その部分が青黄色く変色して気持ち悪かった。その日の午後、マンモグラフィーとエコーを手配してもらう。結果が金曜日に判るのでまた来てくれと言われる。

次の検査を待つ間、ランチを病院内のレストランで食べた。市内にある有名なレストランが出店しているので、味がいいと聞いていた。以前、父が入院していた頃、一度だけ母と訪れたが、「病院のレストランにしては、まあマシ」という程度だった。今回も、そう思った。ランチと別にミルクティーを頼んだのに、間違いでホットミルクが運ばれてくる。「母乳」を連想した。この歳で本当に乳がんだったら、おそらく私は、もう子供を作る事もないし、赤ん坊に自分の胸から乳をやる事も、もう絶対にないんだなあ、としみじみ考えた。

私は子供好きだ。子供が欲しいとずっと願っていた。しかし、仕事、遊び、勉強、研究、さらに介護で先延ばしにしてきて中年になってしまった。しかも、旦那は別に欲しくないので、必要なのはタネだけというのが問題だった。 「タネだけくれ」と、遺伝子が良さそうな何人かにカナダでも頼んだのだが、「そんな無責任な事はできない」と却下され、プランは実行されなかった。ああ、そろそろ物理的に不可能になってしまうから、今年こそ実行しようと思っていたのに、このまま一生できないのか…。いや、待てよ。私がこの歳でガンって事は、立派なガン遺伝子の持ち主なのだから、子供がガン血統になっちゃうのか?それって、可哀想じゃないだろうか?いや、そんなこと考えても、とにかく、もう金輪際、生殖が不可能になったのだよ…と、そういうベクトルに思いが至ると、何だか物悲しく、おセンチさんな気分になってきた。

そこで判明したのだが、「もう~できなくなっちゃうのね」というネガティブなベクトルの考えが、特に患者の涙腺を刺激するように思える。 そこから、

「ああ、可哀想な私、まだ大年寄りって訳でもないのに」

「どうして私だけが?」

「まだ、あれもこれも、やりたい事はたくさんあるのに」

「なのに、もうできなくなっちゃうの?」

「ビエ~ン」

という無限ループに突入するので、この思考パターンは止めるべきだ。こんな所で泣いて、何かマシになるならいくらでも泣くけど、事態は泣いても変わらない。だったら、そのパワーや時間は、事態を変える何か、もしくは自分を幸せにする何かに対して費やされるべきだ。まあ、泣いてストレスを発散するタイプの人だったら、もしかしたらこの思考パターン→「悲劇のヒロイン無限ループ」も有益かもしれないが、私は違うので無駄だ。

同じレストランで、一年ほど前、父の入院時の主治医だった先生がランチを食べていた。もし、あの頃、お金や時間を惜しんで検査をサボらないで、きちんと診てもらっていたら? そうだよ。もし、ちゃんと検査受けていたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに。

もし、もし、もし…。ああ、人はこうやって、自分が進まなかった選択肢について、後になってからグダグダと思い遡るのね…。そうして、ああすれば良かったとか、こうすれば良かったとか、過去視点からの「絶対に実現するはずのなかった未来」に思いを馳せ、あげく嘆いたりするイキモノなのね…。ええ、例外でなく、わたくしもなのね…。ところで、このような「If...」という観念があるのが人間のアカシだと聞いた事があるが、果たして本当なのだろうか? ってか、人間以外の動物は、本能的な衝動と習慣の累積によって行動が決定されるだけなんじゃないの? だったら、「If」どころか、「観念」ってのがあるのかどうか…? と、どうでもいい事を考え始めてキリなく没頭し、もうちょっとで検査に遅刻する。

午後の検査は、まずエコー。 
待合所では、なぜか幼児(4~5歳)が叫んでいた。私の観察によると、スーパーや電車内など、公共の場所でこのように奇声をあげているのは98%の確率で男子だ。その子供は、やはり、男子だった。男の子というのは、元々叫び易い性質のDNAがあるのか?それとも、男の子の母親全員が、公共の場所での叫びは元気で良い行動だと信じ、そのように積極的に躾けているのか?それとも、日頃男の子はもっと煩いので、男子母親は煩さに耐性ができてしまい、「これくらい静か」と認識しているので放置しているのか?それにしても、この男児が最初に「雄たけび」を始めた理由は、一体何なんだろうか?やはり、DNAが成せる技なのだろうか?そして、それを放置、もしくは容認、もしくは奨励しているからこそ、男児にこのはた迷惑な行動が習慣となって身に付いたはずなのだ。 そう言えば、家の猫達も、確かに男子チームの方が、やたらニャーニャー暴れて煩い。男子幼児とニャンコに、行動の類似を見た。これをソシアルラーニングセオリーに結びつけ、何か論文でも書けないか考えてヒマを潰す。カナダで研究と仕事を頑張っているKと、久しぶりに夜通しこういう話をしたいなあと、しみじみ思う。 

あちらの大学にいる時には、毎日こういうどうでもいい思考を繰り返して、たまに論文書いたりしていた。理論でも仮説でも、ムダな思考が山ほどあって、その中からエキスの部分を抽出して、ようやく形のあるモノになる。ムダがないといいアイデアは生まれない。学問とは、本来贅沢なモノなのだ、とカナダで世話になった先生が言っていた。そう。日常に忙殺されてしまって、どうでもいい事をダラダラと考える余裕がないと、良い物は生み出せない。日本に帰って来てからは、脳が疲れる程に思考する必要性もなく、何より、毎日そんなゆとりもなく、脳のシワが減ったような気がしている。会社での社会人は「脳」を使うというより、仕事を円滑に進めるために「気」を使い、それで疲れ果てて一杯一杯になる感じがする。使う部分が全く違う。

で、エコー検査は若い女性技師さんがやってくれた。昔はこういう検査のゼリーが冷たくて嫌だったのだが、人肌程度に温められていて感動した。日本の医療も、ペイシェント・フレンドリーになってきているのだ。内臓のエコーは、以前、家族全員が隣の医院で検査してもらっているので恐怖感もない。しかし、新鮮さもなかった。父方の祖母は、80の時に、それで胆石だか何かが見つかって、この同じ病院で手術した。まず、手術に持たないだろう。しかも、その後ボケるだろうとか寝たきりになるだろうと誰もが思い、手術も積極的に勧められなかったが、祖母は望んだ。そして手術後、介護していた母を病人化させるほどこき使って、自分は不死身人間のように復活し、それから90近くになって老衰でぽっくり死ぬまで元気だった。私はその祖母に一番体質が似ていた。胸が大きいところも、祖母似だ。だから、祖母のように健康で大往生な人生を送るのだろうと確信していた。しかし、不確かで不安な老後に、少々ウンザリしていた事も確かだ。自分だけ元気で、家族や友達、皆が先に逝ってしまう。一番最後に残されるのは嫌だと思っていた。

薄暗い検査室のエコー画面に、胸の中の大きな塊が映し出されていた。そこで止めて何か拡大したり、焦点を合わせたり(?)、撮影したりしている。何もない右は簡単にスルーされたが、塊しかない左は時間がかかった。こういう専門家は、今までにたくさんの患者を診ているだろう。「それってガンですか?」と尋ねたくなったが、困らせるだけだと思ったので、止めといた。

次はマンモグラフィー。これは初めてだったので、新鮮だった。昔、会社の先輩が、「胸をギュッと潰されてすごく痛かった」と言っていたのを思い出した。プラスティックの抑え板が上下から胸を平たく潰す。機械が倒れ、左右からも同じように、脇の肉も挟み込むようにして撮影される。何ともない右は、ぺちゃんこにされても全然平気なのだが、しこりで張っている左は痛かった。

そして、ここでも、「これって、本当にガンなのでしょうか?」と、また尋ねたくなったが、止めておく。自分でも、たぶんガンなのだろうと、もう確信していた。

いつも、「起こり得る最悪&最低の事」という事態をシミュレーションするようにしている。要するに、今回の場合は、もちろん「100%ガン」で、胸は全部取られると仮定した。そして、抗がん剤や放射線治療で頭は「ハゲ」に。体は痩せていかにも「病人」に。 もしくは何かの副作用で「デブ」に。それから、手術で開いてみたが全身転移の手遅れで、そのまま閉じられて、結局痛いのだけ損してベッドの上で死ぬ。…ああ、要するに、もう終わってる、と。そして、それから、それよりややマシな状況を考えていく。そうすれば、本当に最低&最悪の状況が起きた時に、もう準備ができているので、それほどショックはない。

検査が午後一杯かかったので、その日は、結局仕事を休む。

ガンについての不勉強さを恥じ、インターネットで調べようかとも思ったが、何だか疲労感が甚だしかったので、ふて腐れて早寝する。
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by ombres | 2004-01-14 00:00 | 告知に至る道